ヴェッキオ宮殿 Palazzo Vecchio

ヴェッキオ宮殿
ヴェッキオ宮殿

ヴェッキオ宮殿のなりたち

ヴェッキオ宮殿は、もともとウベルティ家を筆頭とする皇帝派ギベッリーニが所有していた場所を、勢力争いに勝利した教皇派グエルフィが没収して建てた、政治を司るフィレンツェの象徴でもある建物です。

設計はアルノルフォ・ディ・カンビオ、中世の堅牢なつくり。
当初はヴェッキオ宮殿ではなく、Palazzo dei Priori パラッツォ・デイ・プリオーリと呼ばれていました。
フィレンツェ共和国の政治を司る”プリオーリ(政務官)”の建物という意味です。

その後Palazzo della Sognoria パラッツォ・デッラ・シニョリーア(領主)と政体の呼ばれ方と共に名前が変わり(現在のシニョリーア広場にその名前が残ります)、1540年よりのメディチ家の住居として使われた時代にはPalazzo del Duca パラッツォ・デル・ドゥーカ(公爵)、と呼ばれます。

そして、最終的にメディチがピッティ宮殿に居を移した時からは”古い宮殿”Palazzo Vecchio と呼ばれるようになりました。

宮殿の建物の構成としては、
シニョリーア広場側がアルノルフォのダイスとも呼ばれる一番古い部分になります。
ウベルティ家の建物を基礎部分に利用したので、にょきっと生えているアルノルフォの塔は建物の真ん中から少し右にずれています。

15世紀終わりサヴォナローラ時代には五百人広間が増築され、
1540〜1580年頃までメディチ家の住居として使われた時代には大掛かりな増改築があり、
部屋を付け足しして、改装して、部屋割りを変えたり、壁を打ち抜いたり、天井を持ち上げたり、、それゆえに内部はかなり複雑です。

屋根裏や隠し部屋、隠し通路などもあり、オプショナルツアーに申し込むとその一部を見る事ができます。

ヴェッキオ宮殿 内部各所

-アルノルフォの塔

アルノルフォの塔の登ると、フィレンツェの街を中心部から一望できます。
大聖堂のクーポラからの景色が有名ですが、こちらも素晴らしいです。

塔の途中には、老コジモやサヴォナローラも閉じ込められていた小さな牢屋があります。

アルノルフォの塔 景色

アルノルフォの塔からの景色

エレベーターはないので日頃階段を使わない人にはつらいかもしれませんが、この景色!上った甲斐があったと思うこと間違いなし。悪天候の時はここは閉鎖になります。その他のフィレンツェでの高いところ特集記事はこちら→フィレンツェで登れる所は?景色のいいところ

アルノルフォの塔 牢屋-アルベルゲット

アルノルフォの塔の上に出る直前に、ちょうど良い休憩部屋のような場所がありますこちら、牢屋です。通常の囚人ではなく”特別な人物”が収監されました。メディチの老コジモは国外追放前にここに閉じ込められました。彼は生き延びて、その後フィレンツェに凱旋帰国しましたが、ジローラモ・サヴォナローラはここで拷問を受けた末、シニョリーア広場で生きたまま焼かれました。息を断ったその場所は丸い大理石のプレートで今も知る事ができます。

アルノルフォの塔 牢屋 アルベルゲット

ロンダのカンミナメント

ヴェッキオ宮殿を正面から見た時、壁の一番上の胸壁のある部分です。アルノルフォの塔に登った後、こちらもぐるっと一周回れます。悪天候時、アルノルフォの塔の一番上まで登る事ができない場合は、こちらまでの入場になります。ダヴィデ像(レプリカ)を上から見下ろせ、景色の良い場所です。

-ヴェッキオ宮殿美術館

見学のメインとなるのがこのヴェッキオ宮殿美術館部分。

レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画が中に隠されているはずの壁も含めて、ドナテッロ、ミケランジェロ、ヴェッロッキオのオリジナル彫刻作品、美しい壁画と天井画や豪華な装飾の数々、UFO研究(?)には欠かせない作品などを見る事ができます。

フランチェスコ1世の書斎も一般見学区間の中ですが、まれに秘密の通路ツアー開催中は締め切られます。

ヴェッキオ宮殿

五百人広間

15世紀の終わり、サヴォナローラの強い影響のもと、フィレンツェ共和国の市民を多く集める為に造られた部屋です。当初は装飾もあまりないシンプルな大ホールだったのが、メディチ家の独裁時代に入ってから装飾が施されました。ミケランジェロの助言通りに低かった天井が7メートル程高くなっています。この東側の壁(写真左側)の裏には、レオナルド・ダ・ヴィンチの壁画 “アンギアーリの戦い” が隠れている可能性があります。現在表に見えているのは、ジョルジョ・ヴァザーリと協力者による壁画と天井画。権力者コジモ一世の居城としてふさわしい装飾です。

CERCA TROVA” 「探せ、見つけよ」

五百人広間の東側の壁にジョルジョ・ヴァザーリとその工房によって描かれた壁画の一部です。この中に”CERCA TROVA” 「探せ、見つけよ」と書いてある旗があります。(真ん中あたりの緑色の旗の上、黄色っぽい文字)ここにあったレオナルド・ダ・ヴィンチの壁画”アンギアーリの戦い”を壊さずに保存するために、ヴァザーリは壁の上に2枚目の壁を造らせ、そこに壁画を描いています。”CERCA TROVA”という文字は裏側にあるレオナルドの絵を指し示す為のメッセージと言われています。肉眼では見つけにくいので、オペラグラスか、カメラ+ズームレンズがあると便利です。

cerca trova チェルカ トローヴァ
勝利の守護神 ミケランジェロ

勝利の守護神 -ミケランジェロ

もともと教皇ユリウス二世の霊廟(サン・ピエトロ・イン・ヴィンコリ教会/ローマ)の一部として製作されたと考えられています。アカデミア美術館にはあと4体、フランスのルーブル美術館にも2体がバラバラに保存されています。ブオナッローティの家にある小作品も関連作品があります。

レオ十世の間

メディチ家初のローマ教皇の名を冠する部屋。レオ10世にまつわるエピソードや、他のメディチ家のメンバーが描かれています。中にはミケランジェロとレオナルド・ダ・ヴィンチの姿も。この奥にはクレメンテ七世の間がありますが、現在フィレンツェ市長室として使われている為に非公開です。

緑の部屋 入り口の扉
サトゥルヌスのテラス

サトゥルヌスのテラス

夏期のみの公開。ヴェッキオ宮殿の後ろ側にあります。右端に見えるのはベルヴェデーレ要塞。左になんとなく見えるのはサン・ミニアート・アルモンテ教会。更に左にはミケランジェロ広場があります。

イルカとプット -アンドレア・デル・ヴェッロッキオ

地上階の中庭を飾る”イルカとプット“の像、こちらがオリジナル作品で美術館内にあります。動きのある生き生きとした愛らしい彫刻です。ヴェッロッキオはレオナルド・ダ・ヴィンチの師匠です。

ヴェッロッキオ イルカと天使
エレオノーラの礼拝堂 ブロンズィーノ

エレオノーラの礼拝堂 -ブロンズィーノ

コジモ一世の妻、エレオノーラ・ディ・トレドが暮らした区画にあります。順路通りに進むと緑の間に入ってすぐ右手に振り返ったところにあります。お見逃しなく。
この美しい天井画のみならず、壁画も祭壇画も礼拝堂内部の絵画は全てアーニョロ・ブロンズィーノの手によるものです。

地図の間(クローク)

この部屋をつくらせたのはコジモ一世、自分の名Cosimoにちなんで”Cosmos” -ラテン語の”宇宙”を表現しました。
現在は壁一面の地図と部屋の中央の地球儀のみ見られますが、天井からは天体球が吊り下げられ、壁の上部には世界の王や貴族、教皇や枢機卿から文化人にいたる多くの肖像画(現在はウフィツィ美術館に展示)が飾られ、当時非常に珍しかった時計も置かれていたと考えられています。
壁の地図の中に不思議な形の日本も描きこまれています。地図パネルは全て開き、宮廷に必要なものを収めるクロークとして使われていました。その中には一つ隠し扉もあります。

ヴェッキオ宮殿 地図の間 クローク
ドナテッロ 百合の間

百合の間

壁一面に百合の紋章が描かれていることから百合の間と呼ばれます。フィレンツェ現在のシンボルでもある”百合の紋章”は実のところアヤメなので、これとは別です。百合はフランス王家のもので政治的繋がりを表します。
ここには、ヴェッキオ宮殿の正面を飾るドナテッロ作”ユーディトとホロフェルネス”のオリジナルが展示されています。この作品自体は元々メディチ(・リッカルディ)宮殿の庭を飾っていた作品ですが、メディチ家がフィレンツェを追放された際に戦利品としてヴェッキオ宮殿そばのランツィのロッジャに運ばれました。ランツィのロッジャ内へは他の作品が来たので、再び移動、移動、、、そして現在の位置にあります。
この部屋の東側の壁にはドメニコ・ギルランダイオの作品、ニッコロ・マキアベッリが働いていた書記官室、地図の間があります。

ダンテのデスマスク

フィレンツェ出身のダンテ・アリギエーリ、そのデスマスクと”言われる”ものです。さて、その真相は・・・?映画「インフェルノ」で重要なキーアイテムとなり人気が出たので、現在は綺麗なガラスケースに収まって展示されています。映画中に出てくるデスマスク展示室は架空の部屋です。

ダンテのデスマスクとされるもの
フランチェスコ一世の書斎

フランチェスコ一世の書斎

公の場にあるものとしてはマニエリスム期最後の作品。大公フランチェスコ一世の命によってつくられました。500人広間の隅にあります。フランチェスコの没後、一度は解体されたものの幸運にも再構築する事に成功。錬金術の考えに基づいて、複雑に構成されています。
全面にあるパネル絵は全て開き、中にコレクション品が納められていました。パネルの何枚かは扉になっていて開く事ができ、秘密の通路や部屋に通じています。扉の裏側にはヴェッキオ宮殿のオプショナル秘密の通路ツアーで入る事ができます。(インフェルノツアーはコースが異なります)

-秘密の通路ツアー 他

屋根裏に入ったり、隠し扉を開いて秘密の通路を通れるこれらのツアーはヴェッキオ宮殿に申し込むと参加できます。

“秘密の通路ツアー” “宮殿特別ツアー”の他、テーマごとや子供向けなど、他にもいろいろな種類のオプショナルツアーがあります。MUSE Firenze(外部リンク)にお問い合わせください。

当サイトでは貸切日本語ツアー、グループツアーに参加型のガイドも行っています。

秘密の通路ツアー /フランチェスコ一世の書斎

隠し扉が開いてその奥の階段を進みます。秘密の通路ツアーに参加すると入れます。

秘密の通路ツアー フランチェスコ1世の書斎
ヴェッキオ宮殿 隠し部屋

宮殿特別ツアー /ビアンカ・カッペッロの秘密の部屋

宮殿特別ツアーに参加することで見学可能。小さな窓から見えるのは、五百人広間。

秘密の通路ツアー /屋根裏

秘密の通路ツアーで入れる場所。五百人広間の屋根裏です。映画インフェルノに出てくる場面とは若干違うのにお気づきになりましたか?

ヴェッキオ宮殿 屋根裏 ツアー
秘密の通路ツアー コジモ一世の書斎

秘密の通路ツアー /コジモ一世の書斎

秘密の通路を通って入る事ができる隠し部屋。この部屋には窓がありますが外壁からはどこか特定するのは知らないとなかなか難しいポイントにあります。

地図の間 隠し扉

上記の地図の間の中にある隠し扉です。場所のヒントは「アルメニア」です。映画「インフェルノ」では別の場所に飛んでしまいますが、実際はビアンカ・カッペッロの秘密の隠し部屋へ行く事ができます。

-ローマ時代の半円劇場跡

地下にはローマ時代の遺跡。
古代フィレンツェ “フロレンツィア” を垣間見ることができます。

ヴェッキオ宮殿 地下遺跡

写真では分かりにくいですが、半円劇場を支えていた構造部分です。

-フィレンツェ市庁舎として

もともと政治の中枢として建てられたので、その歴史を絶やさないように今でも市庁舎として使われています。

市長室は美しい”クレメンテ7世-Sala di Clemente VII”の間。
市民婚をする場合は”赤の間-Sala Rossa”が使われます。
共に普段は非公開。

どんな様子かを知るには、上記のイタリア語にPalazzo Vecchioで画像検索してみてください。赤の間だとおめでたい写真が沢山出てきます。

ヴェッキオ宮殿中庭

ヴェッキオ宮殿正面入り口から入るとすぐの中庭です。中世の建物ですが、1565年にコジモ一世の長男フランチェスコ一世とジョヴァンナ・ダウストリアの婚姻に合わせて装飾が施されました。真ん中にはアンドレア・デル・ヴェッロッキオ作の”イルカとプット”のレプリカがあります(オリジナルは宮殿内)

ヴェッキオ宮殿 中庭

ヴェッキオ宮殿 インフォメーション

-所在地

Piazza della Signoria

-ヴェッキオ宮殿オフィシャルページ

Museo di Palazzo Vecchio / Musei Civici Fiorentini

-ヴェッキオ宮殿オプショナルツアー

Museo di Palazzo Vecchio / MUSE Firenze

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