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イベント”聖なる土地でのキリスト教のアドべンチャー、現実とファンタジーの間で”

gustavo aceves

日曜日に面白い(マニアックな?)イベントに行ってきました。

 

“聖なる土地でのキリスト教のアドベンチャー、現実とファンタジーの間で”

というもの。(なんだか長い変なタイトルは直訳ゆえです。)

 

最初にCinema La Compagnia というカヴール通りにある映画館で十字軍に関連する映画を観賞した後、午後にフィレンツェの街を歩きながらその軌跡を案内してもらう、というもの。

映画は、”Brancaleone alle crociate” , “Le crociate”,  “La battaglia di Hattin”, “Indiana Jones e l’ultima crociata” の4本。

上映映画の全編を観る訳ではなく、専門家でもある主催者の説明入りで参考になるシーンをカットしてを観ます。

 

最初のBrancaleone alle crociateはウンブリアにあるトラジメーノ湖で撮影されたシーンからの始まり。

どんな様子で十字軍に向かったのかが分かるようにという意図のシーン選択です。整然と軍隊を組んで行ったわけではなく、、映画ではちょっと笑える「おお、神よー!」という、まとまりがなくてちょっと滑稽な様子が描かれています。

次のLe crociateは字幕なしの英語。

がんばって理解しようと努めました。考古学者の説明が入り、これはおそらく北アフリカのモロッコあたりで撮影していて砂漠の真ん中にいきなり城が建っているけれども、決してそんな事はない。直接発掘に行った経験から周りにはからなず農村や住宅が広がり、水のある場所に街はつくられているのだからもっと緑だし、小高い丘にあったりするよ、と。

 

三つめ、La battaglia di Hattin。

がんばって理解しようにも、アラブな言葉で「はっmなーそいいつおs、ぷっそいえつんそいうt。」としか聞こえません。こちらも説明によると、アラブの視点で見た十字軍との戦い。前の二本に比べて、暑さ、乾き、埃、に苦しめられる様がリアル。実際イスラムの軍は上流で水をせき止めたりして十字軍を弱らせておいてから、谷間に追い込み一網打尽にします。

 

Indiana Jones e l’ultima crociata これはご存知”インディージョーンズ最後の聖戦”です。

おとぎ話として楽しみましょうという趣旨です。もちろんファンタジー。

 

映画は非常に歴史を理解する上でのリアリティーを与えてくれますが、史実とは反したりしますので、こういう専門家の解説はとても面白いです。

確かに、砂漠で中世の騎士がよく着ているあの重そうな鎧と鎖かたびらはありえません。「彼らもそこまで頭がおかしくはなかった。」との専門家のコメント。

このイベントに誘ってくれたのはイラク人の友達だったのですが、彼も午後の部で、十字軍に迎え撃った側(アラブ側)の視点を解説しました。

 

そういえば、

 

アラブが見た十字軍

 

1年くらい前に買った、まだ読んでない本、「アラブが見た十字軍」

日本の書籍をどうしても購入したい場合、送料をまとめたくて色々注文してしまいがちです。そのまとめ買いの本の一冊です。それを言い出したらAmazon.itで買う時も送料無料にしたくてついでに買うものが増えてしまうという状態、、通販の策略にどっぷりですね。これを機会に読みたいと思います。この本でもさわりに、十字軍の事をアラブ人は「フランク」と呼んでいたとあります。フランス出身でなくイタリアでもドイツでも一緒くたに全員「フランク」と呼んでいたのだそう。

 

そして、今回初めて知ったのが十字軍を指すCrociataクロチャータという単語、これは1800年代の発明だそうです。戦争の概念も現在私たちが抱いてるプロパガンダもその時代のものであって、もっと実際は状況が複雑であったという事です。

その複雑な状況はやっぱり複雑なだけあって、一言では説明できないものがあり、話し出したら止まらない教授や専門家たちは、マイクを持ったら周りの人を困らせるほど(笑)話し続けていました。その辺はおしゃべり上手のイタリア人っぷりを発揮しますね。

最初の十字軍から約1000年経ちますので、その長い期間のほんのちょっとだけの期間登場した十字軍によって建てられた城などを発掘する困難とか、また現在から見るとその後十字軍は負けて土地から追い出される事になってもその時は永遠にエルサレムを守るつもりでいたのだ、など、。エルサレムがアラブ側に奪回されても、その土地にはキリスト教徒は残って自らの宗教を信仰する事を許されていたそうです。全く教会ではない行政区画の一部からキリスト教徒の墓が見つかったり、など。

複雑な難しい状況を解決に導くのは、実はとても簡単。 それは一つの大きな決断をする事!でも、大きな決断はいつも破壊的だね。」という小ネタで一番話が長かった教授がまとめていました。(日本語に直すとブラックユーモアなのが伝わりにくいかも?)


 

午後のプログラムまでの昼休み後、ちょっと時間があったので入った、

サン・ロレンツォ教会。ここのクリプタで、展覧会開催中。

IL CAMMINO DELL’UOMO TRA ARTE E FEDE 〜芸術と信仰の間の人の歩み

ジョヴァンニ・ミケルッチというこちらで非常に有名な建築家の財団の後援。彼の建築作品では高速道路脇にある教会が有名ですが、他にもいろいろ教会の設計をしていて、その写真パネルの展示もありました。ミケルッチ建築、知らないものもいっぱいありました。

 

それから、こっちも結構有名。イゴール・ミトライの作品も展示さされていました。

 

イゴール・ミトライ

 

トルソに十字が入っています。

これに似た作品で有名なのは、ローマのテルミニ駅すぐそばの教会の扉。

 

 

フィレンツェのボーボリ庭園にもミトライの作品があります。

 

 

他にも、現代の作家の作品も多く展示されており、手を加えたばかりなのか油絵の匂いがただよっていました。

日本で宗教的な作品をつくる人は稀ですよね。キリスト教にしろ、仏教にしろ、神道にしろ、イスラムでもユダヤでも、宗教という宗教は暗黙の了解というよりも、存在しないかのごとくだったと思います。少なくとも2つの美術大学で見た私の周りの状況では。もちろん、船越保武などキリスト教徒の有名な彫刻家もいますが。イタリアにある美術史と宗教の切り離せない関係は、現代近代美術に後から導入したものではやはりないと、新しい作品でキリスト教を中心に据えた作品を観る度に思います。良いとも悪いとも、言いません。ただ、状況の相違を強く感じます。

なんでも細かく分析し、解説し、理由づけがなされるイタリアでの美術史に比べると、日本での美術教育は、言うなれば印象派神話。これは言葉そのままに、その作品から受ける印象や感覚を重んじる受容の仕方に勝手に名付けた造語です。とても、”センス”なるものを大切にします。大学の講師が作品を評価するのに、”センスいいね!”を何のセンスなのかを説明もせずに基準にするなんていうのも、ものすごい話です。なんでも行き過ぎると良くないと思いますが、それが突き抜けるとすばらしくなる可能性もありますしね。

 

ええ、この辺のつぶやきは、放置しましょう。笑

 

 

 

 

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