イタリアでの火葬の方法、フィレンツェのおばけ

イタリア 土葬

前回の記事 エクソシスト養成講座、そして悪魔払いのプライス。からの続きです。

エクソシスト養成講座、そして悪魔払いのプライス。

イタリアでの火葬について

イタリアに暮らす日本人として、葬儀の前に重要なのは火葬問題。
このカトリックお膝元の国では、土葬が普通。土葬してもらわないと、最後の審判の時に復活できません。

モニュメンタル墓地が好きなので、色々行きますと、若干匂ってしまっている場合もあります。ボローニャ モニュメンタル墓地ボローニャ モニュメンタル墓地 - ちょっと廃墟感

郷に入れば郷に従えとは言うものの、棺桶で土葬と想像するだけで、今から閉所恐怖症になりそうです。

 

イタリア 土葬

Firenze-Oratorio dei Buonomini di S.Martinoにある壁画、埋葬のシーンが描かれています。
おばけのイメージが現代でも白い布をかぶっているのは、この死者を包むスダーリオと呼ばれる白い布に由来します。

 

イタリアで火葬は、できないこともないけれども手続きが面倒なことになるので、生前に火葬を助けてくれる協会などに加入する方が無難です。そうでないと、遺族はイタリアン手続きに翻弄されます。(役所関係は面倒な事が多い)

心電図の証明書を提出しなくてはならない事があったので調べていたら、たまたま"火葬も援助します"という項目を発見したのが前回の記事を書いていた日でした。ついでにざっと火葬の事を調べてみました。

 

火葬の手続きをしてくれる協会

お葬式のケアサービスのページに、項目ごとにいちいち「火葬を望む場合」という但し書きがあります。でも「書いてある電話番号にまずは電話をしてください。」と書いてあるだけで、説明は全くなし。
まだ問い合わせていないので詳細は不明です。入会費15ユーロは取り敢えず必要になりそうです。

火葬に特化した協会のようです。入会費が20ユーロ、年会費が10ユーロ。入会しておくと、内務省及び市が定めた火葬費用の25パーセント割引、骨壷50パーセント割引の特典があります。

このウマニタスという団体のページの中の、"葬儀"の項目を見るとリンクよりHUMANITAS ONORANZE FUNEBRIに飛びます。
そしたら、私の大好きな墓地の一つ、Cimitero degli Alloriの写真がどーんと出て来ました!墓地専門ブログではないので自重して書いていませんが、見ると紹介したくなります。素敵な場所です。
ともあれ、火葬の案内を読みますと、上記のSOCREMの名前が出て来ますので、サービス内容は同じようです。協会に入っていると、散骨を望む場合に公証人の所へ赴いて手続きをする手間がなくなります。

自分の火葬の年までは、とにかく本人がずっと年会費を払わなくてはならないようなので、もう少しタイミングを見計らってから加入したいと思います。

 

 フィレンツェ おばけ伝説

墓関連の地元な伝承があります。

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたジネーヴラ・ベンチ↑みたいな今でも名の知れた有名人ではなく、裕福な貴族の家でつつましく真面目に育った同名の女性のお話です。

 

ジネーヴラ・アミエーリの生きた1400年代初頭、貴族の女性の結婚は、商業上の取引同様、両家の戦略だったり持参金の量やらで勝手に親が決めました。ジネーヴラもご多分にもれず、想いを寄せる人がいたにも関わらず、とあるやり手のビジネスマンの元に嫁ぐ事になってしまいました。

従順なジネーヴラはこの男性と結婚しますが、夫はビジネスの事しか頭にない冷たい態度。失意の中、食事もままならず日に日に弱ってゆき、周囲の看護のかいなく、そのまま息を引き取りました。

お葬式が執り行われた後、不幸なジネーヴラの遺体は家族の礼拝堂に安置されましたが、なんと、その後、ジネーヴラは目を覚まします!

最悪の目覚めですね。親類の亡骸と共にいる自分を発見したんです。

なんとか大理石の蓋を開けて脱出し、埋葬用の白い布を纏ったまま、まず助けを求めに行ったのは、夫の家。

扉をたたいて、帰宅を知らせたところ、痩せこけて青白い顔をした死装束のジネーヴラを窓から見た夫はびっくり仰天。「お、おばけだー!神よ、お助けを!!!」と、生きているとは分かってもらえず、結局家には入れてもらえませんでした。

次に向かったのは、実家。

扉をたたいて、帰宅を知らせたところ、痩せこけて青白い顔をした死装束のジネーヴラを窓から見た母親は仰天。「お、おばけだー!神よ、お助けを!!!」と、生きていると分かってもらえず、結局家には入れてもらえませんでした。

今や誰からもおばけ扱いの彼女、行くあてもなく、最後に向かったのがようやく愛する人の住むところ。

恋人はびっくり仰天したものの、家に入れて食事を与え、服を与えます。ジネーヴラ、ようやく生き返った気分だったことでしょう。

しばらくして、死んだはずの妻が生きていて、しかも他の男の家にいると知った夫は怒って二人を訴えます。

ほんの束の間の幸せだったのか、、。しかし判決は「終油の秘蹟を施した者は、もうすでに死んだということになる。死によって結婚の契約は解かれているので、もはやジネーヴラは妻ではない。」と、洒落たものでした。

そんな訳で、ジネーヴラは過去とは切り離され、晴れて二人は初婚として結婚をする事ができました。

めでたしめでたし。
(伝説にはいくつかのバージョンが存在します)

 

伝説の実際の場所

  • フィレンツェ大聖堂の地下にあるサンタ・レパラータ教会 - ジネーヴラが埋葬されてしまった場所。
  • Via del Campanile - ジネーヴラが生き返った後におばけの見た目で歩いた道。Campanile(ジョットの鐘楼)近くの小道。
  • Via dei Rondinelli - 2回目に結婚した愛する人(アントーニオ・ロンディネッリ)の家

グーグルマップでこれらの通りの名前を検索すると出てきますので、現地を訪れた際は探してみると面白いかもしれません。