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ハロウィンとヴェネツィアと死者の日

投稿日: 更新日:2020-06-14
ヴェネツィア サン・ミケーレ島

 

イタリアのハロウィン

明日11月31日はハロウィン。
もともと伝統的なキリスト教のお祭りではないので、ちょっと前までは中心街でハロウィン仕様の飾り付けのお店がいくつかある程度でしたが、最近は小学校の放課後にパーティーなんか開いちゃったりして、カーニヴァルが一年に二回ある!くらいな感じでしょうか?
だんだんとイタリアでも恒例行事になりつつあります。
大人たちは「そんなのアメリカのお祭りだから関係ないしまったく迷惑な話だ。」なんて言いつつも子供の衣装をせっせと用意していたりします。
むしろ、自分たちも衣装に凝って楽しんでる人も増えました。
そういう私も結局衣装を用意するハメになっています、ちょっと面倒。ハロウィインは悪魔崇拝なんて思ったりしつつもね。

 

墓地サン・ミケーレ島 /諸聖人の日、死者の日

この夏にヴェネツィアに訪れた時、墓地好きとしては外せない、とってもヴェネツィアらしい墓場、サン・ミケーレ島にも行ってきました。
そういえば前回のヴェネツィア記事にはスリの話↓しか書いてませんでした...。

ヴェネツィアでスリに遭遇、そんな時の対処法(!?)

 

ヴェネツィア サン・ミケーレ島

 

サン・ミケーレ島はヴェネツィア本島からムラーノ島方面に行く途中にあります。
島が墓場。さすが、ヴェネツィア。

最近、たまたまこの島について書かれているページを発見して、それがハロウィンに近い伝統の祝日11月1日のオ諸聖人の日と11月2日の死者の日に関連してなので、面白いと思ったのでご紹介します。
(もちろんハロウィンはこれらのキリスト教の祝日とは公には違いますが、キリスト教が広がっていく中で、土着の信仰が混じり合うことが多くありました。なので関連があるという説もあります。)

まずは、島の内部の写真など、どうぞ。

 

ヴェネツィア サン・ミケーレ島

 

 

ヴェネツィア サン・ミケーレ島

 

 

ヴェネツィア サン・ミケーレ島

 

 

ヴェネツィア サン・ミケーレ島

 

 

島と言ってもかなり大きな墓地で、フィレンツェのCimitero degli Inglesi イギリス人の墓地(名称はイギリス人ですが、カトリック以外の人の墓地です。その話はまた今度機会があれば。)の島っぽさに比べると、中にいる時は普通の陸地であるように、島だということを忘れてしまうような場所です。
でも、上の写真のように、端っこに到達するとそこは海!なんだか不思議な感覚。

教会もあるのですが、到着した時はミサの最中、そしてそれに続いて丁度お葬式があったので、入りませんでした。
霊柩車ではなく、霊柩船がお棺専用のリフト付きで存在するんでね、初めて見ました。

 

で、このサン・ミケーレ島について。-ここからざっと訳しました、本当にざっとです-

この島の初期の記録はカマルドリの修道士たちがそこにいたというものです。

1212年にインノチェンツォ3世によりトルチェッロとサン・ピエトロ・ディ・カステッロの司教たちに修道院の区画を広げるために譲渡されることが認められます。

15世紀の後半に修道院は徐々に文化的重要度が高まり、研究者や芸術家を引き寄せます。

その中に修道士(フラ)マウロがおり、現在マルチャーナ図書館に保存されている世界地図を作成します。

今日見られる教会のファサードはマウロ・コドゥッシの設計で1400年代に造られました。教会内部には二つキオストロ(中庭)があり、大きい方はジョヴァンニ・ブオーラにより15世紀に、中に井戸のある小さい方はニッコロ・フィオレンティーニにより1709年に建てられました。

墓地としての変換点は1804年のナポレオンが発したサン・クルーの勅令です。衛生上の問題により人が住む中心地に死者を弔うことが禁止されます。(訳者注/イタリアの多くのモニュメンタル墓地がこの時期のものなのは、この勅令によります。)

最初はフォンダメンテ・ヌオーヴェの正面に位置するサン・クリストーロフォ・デッラ・パーチェ島が墓地として利用されますが、スペースが足りなくなり、ヴェネツィア市が1839年に購入したのが、このサンミケーレ島。

墓地のプロジェクトはアンニーバレ・フォルチェッリーニに任され、1876年に終了。島の周りを赤煉瓦で囲み、ギリシャ十字の形をとります。

内部の墓標はネオクラシックからネオルネサンス様式、リバティースタイルまで。

ここに弔われた有名人は、歴史家のGiulio Lorenzetti e Pompeo Molmenti、書作家Carlo と Gasparo Gozzi、俳優Cesco Baseggio、喜劇作家、Riccardo Selvatico 、 Giacinto Gallina、画家Virgilio Guidi, Emilio Vedova, Mario De Luigi、作曲家Ermanno Wolf Ferrari e Igor Stravinskij, Luigi Nono、詩人Josif A. Brodskij e Ezra L. Pound、精神科医Franco Basaglia、科学者Christian Doppler、振付師Sergej Diaghilew、など。中庭には建築家のGiuseppe Jappelli、パルチザン詩人Alessandro Poerio。

1950年までは11月1日、死者の記念日には、ヴェネツィア本島とこのサン・ミケーレ島の間に船の橋を渡していました。

 

 

船で作った橋、なんだかいいですねー。

現在は船の橋をかけない理由はコストが高くなってしまったのと、ヴァポレットによる交通量の増加によるものだそうで、。それはそうですよね、船の橋の上を歩いてる時にヴァポレットが横を通ったら、波で大揺れですね。

と、思ってたら、2019年11月に橋が復活したようです!
興味のある方は、ponte galleggiante san michele などの言葉で検索してみてください。